東洋民俗世界の宝箱!

●レポーター:奈良市在住 あやぴおさん

2014年の上半期があと2日で終わる!
と、少しだけ焦燥感に駆られた6月29日(日)、
ヘンテコでユカイ、それこそ民俗学! ~それいけ、東洋民俗博物館!!~
の授業に参加しました。

今回の教室となったのは、近鉄菖蒲池駅からすぐの東洋民俗博物館。
私自身、ずっと前から行ってみたくて、やっと念願が叶いました!

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一歩入ると、それはなんとまあ素敵なガーデン。
私の目に一番に入ったのは、やはり御札博士の銅像。
この方については、授業でたっぷりと。

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第一部の教室はなんと、博物館に隣接された、先生のご自宅の一室。
今回の先生は、九十九弓彦先生。
はい、名字、なんてお読みするのかわかりませんでした。
答えは、「つくも」先生です。
百は「も」と読むので、九十九は「次ぐ百」、つぐも、つくも・・・だそうです。
九十九先生は初代館長(創立者)九十九黄人さんの四男で、現在の館長さんです。

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第一部のお話は、この博物館のことや御札博士ことフレデリックスタール氏のこと、お父様の黄人さんのことなどでした。
今はもう無き「あやめ池遊園地」のオープンに合わせて1928年に建設された博物館の建物は、帝国ホテルの設計者ライト氏の影響を受けているそう。

東洋民俗博物館の設立に大いに寄与された、米国シカゴ大学のフレデリック・スタール博士(1858~1933年)は、民俗学の研究で15回も来日された親日家の民俗学者であり、博士の紀行に助手兼通訳として付き添われていたのが、創立者の黄人さん。
そんな繋がりがあってお庭には立派な博士の胸像があったのですね。
スタール博士は、あの『菊と刀』を著した人類学者ベネディクト氏の先輩で、アイヌ人を世界に紹介した人です。
スタール博士はたくさん寺社を周り、御札をもらっていたことから、当時の新聞に「御札博士」として多く取り上げられたそうです。
日本のことを「神秘な国だ」と仰ったそうです。

そして黄人さんは、スタール博士に民俗学を学びました。
黄人さんは、民俗学を「人間の営み」と捉え、特に性崇拝の研究に励まれたとのこと。
本名は豊勝さん。
黄人というのは、自身で付けられた号だそう。
その由来は・・・?
黄色=イエロー、人=マン、イエローマン、イェローマン、エローマン・・・←
当時のファシズム社会の中での性の研究は困難、官僚に睨まれるも、
共産主義の赤をもじって、「私はピンクだ」という言葉を残し104歳というご長寿(1894~1998年)を全うされました。

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授業では、東洋民俗博物館の設立記念の式典の様子を残した貴重な35mmフィルムを拝見しました。
本邦初公開!!
その映像は白黒で音もないですが、当時の様子がひしひしとストーリー性を帯びて伝わってきました。
スタール博士が羽織袴を着用した姿はなんとも勇ましく、日本魂を感じました。

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第一部の最後では、「これは何でしょうか」ということで、様々な資料を拝見しました。
チェコのくるみ割り人形、アイヌの髭ベラ、インドネシアの楽器アンクロン、岡山の花嫁の尻叩き・・・などなど。
さすが性の研究、花嫁の尻叩きは「子どもがたくさんできますように」という願いを込めたもので、縄で男性の精子の形をしたものでした。

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第一部は、弓彦先生の横には始終黄人さんの思いっきり笑顔のお写真が!!!
親子2ショットが眩しかったです。

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さて、第二部!第一部の教室を後にして、いよいよ博物館館内へ!
入口から左右に広がる館内。
入口の扉の横には素敵なステンドグラスが。
その柄はなんと女性の生足が!さすが黄人さん。
「モダンでハイカラ好みの黄人さんらしいもの」だと弓彦先生が仰っていました。

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入口正面には、104歳まで生きられた黄人さんが最後まで使っておられたという真っ赤な車椅子がありました。
ちなみに弓彦先生の祖母にあたる黄人さんのお母様も、103歳というご長寿。
そのお母様も使われていた車椅子とのことで、赤だけに何か情熱を感じます!

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たくさんのショーケース。
中身ももちろんですが、ショーケース自体にも歴史を感じました。

館内には東洋様々な国からの展示品があり、あっという間に東洋世界に引き込まれました。
まるで宝箱。
弓彦先生が、丁寧に拡声器を使って一つ一つ説明してくださいました。

日本の絵馬が壁一面にずらーっと掛けられ、たくさんのユニークな願いが込められたものが。
印象的だったのは、離婚祈願のもの、視力がよくなるように大きく「め」と書かれたもの、そして下半身の絵が書かれた性病予防のもの、など・・・。

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中国からは纏足、朝鮮からは魔除けとされた天下大将軍の置物が。

チベットがなぜ西蔵と表記されるか・・・それは、中国にとっての大蔵省で重要な国だったから。
そんなチベットからは、チベット仏教の仏像や、舌を出したチベット人形がありました。
チベット仏教では「性と死」が一番大事な時とされ、抱き合っている仏像が多く、
また舌を出すという行為はチベットでは敬礼にあたる、ということでした。

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日本からはキリスト教の踏み絵や、「蘇民将来」。
「蘇民将来」は疫病よけのお守札で、こけしのルーツ。
黄人さんは、「『蘇民将来』のお守札は男性のシンボルに酷似していて、女性がこけしを大事にする深層心理には、男性シンボルを大事にする気持ちがある」と仰ったそう。ほう。

日米開戦の時に、ほとんど焼失された、貴重な青い目をしたお人形もありました。
南米からは、男ミイラや牛の陰部が・・・。
牛の陰部は、鉄の芯を入れて杖として使われていたそうです・・・。

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黄人さんが直接個人的に手に入れられたインドネシアパラオ島の石貨や、オーストラリア人が拾ったという日本海軍の薬莢。

館内はここに書ききれないほど貴重なものばかり。

そしてここからがメインです。
黄人さんの研究室、森羅万象窟。
一度に7人しか入れないということで、グループに分かれ、弓彦先生には5度も説明していただきました。
中には、世界中から集められた性崇拝に関するグッズや書籍、資料に彫刻、浮世絵などが所狭しと。
19歳の私には刺激的すぎるほどリアルなものばかり。
黄人さんは道端に落ちている石などでも秘部に似たものは収集され、箱に並べられ置いてありました。
「カーマスートラ」や「チャタレイ夫人」、現在のエッチな雑誌の原点の『あまとりあ』などが本棚にぎっしり。
その中で弓彦先生は、黄人さんの絵葉書のコレクションや、切り抜かれた新聞記事、判じ絵のお手紙など、たくさんの貴重なものを見せて説明してくださいました。

授業の最後は弓彦先生のご挨拶で終了。
最初に、講座のタイトル「ヘンテコでユカイ、それこそ民俗学! ~それいけ、東洋民俗博物館!!~」に、「‘ちょっとエッチな’を付け足してください!」と弓彦先生が仰られた理由がここで納得!
この博物館を訪れた女性は皆笑顔で帰られるそうです!

最後にひとつ強烈にユニークでまさしく性崇拝の黄人さんらしいものを見せていただきました。
有名な禅語、「吾唯足知」と書かれた入口の看板の裏には・・・?
答えは、ぜひ足を運んで確かめてみてください。(笑)

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あやめ池にこんな貴重で素敵な空間があったのかと驚き、嬉しく、
また先生の奥様にも冷たいお茶などのたくさんのお心遣いをいただき、
先生・奥様の心温まる優しさに充実した時間を過ごせました。

本当にありがとうございました!