
大阪市出身。
関西大学経済学部経済学科卒業後、株式会社南都銀行へ入行。
生駒支店にて3年半勤務し、退職。
退職後、出家・得度し、高野山専修学院にて1年間修行し、大安寺へ入寺。
2017年4月、大安寺 副住職となり、現在に至る。


1996年
ホテルニューオータニ(東京)イタリアンフェアにマネージャーとして初来日。
1997年
郷ひろみ氏プロデュースの、日本最大規模イタリアンレストラン「ソーニ・ディ・ソーニ」に、ジェネラルマネージャーとして再来日。
6年間サービスに務めた後、シンガポールへ。
コスモポリタンな環境の中、イタリアンレストラン経営を一任され、その間、自分の店を持つなら・・・と構想を練る。
イタリアの老舗ジュエラー、ブルガリの展示会での直営レストランには、20年来マネージャーとして呼ばれ、世界各国を出張し、VIPゲストのサービス、レストラン統括を務めている。
心のこもった的確なサービスは、ブルガリファミリーからも厚い信頼を得ている。
2010年
奈良県生駒市の街はずれに、気取らないイタリアの家庭料理カフェ&レストラン「LUCAFE」をオープン。
2019年
ならまちにイタリアの街角にあるような隠れ家バル「ならまちバルNo7」をオープン。
●レポーター:河合町在住 ポンdeぴよ さん
私が今回の授業に参加してみたい!と思った理由は以下の2つ。
◆「奈良」で「ビール」?
イメージが結びつかないけど、どういうこと?おいしいの?
◆公務員を退職してビール造り?
退職後の進路としてそういうのもあるの?
今日の授業の受付で渡されたチケットには、ビール1杯目、そしておかわり分のチケット!
早めに到着した参加者同士、今日はおいしいビールが2杯も飲めますね!と和気藹々トークが弾みます。
そして、ふと見ると、テレビクルーの方々のお姿が!
どうやら今回の授業は「奈良テレビ」の「ゆうドキっ!」番組で取り上げられるとのこと。
これまで参加させていただいた奈良ひとまち大学の授業で初めての出来事で、ビックリ!!

まずは浪岡さんの自己紹介、そして参加者の自己紹介。
2015年に県庁を退職された浪岡さんは、もともと実はビールは苦手だったとか。
しかし、ヒューガルテンビール(ベルギービール)のあまりの美味しさに覚醒され、そこからビール醸造に興味が湧き、県庁に在職中から、夏季休暇を利用して様々な海外の醸造所を視察・見学されていたとのこと。

そうして、ますますご自身がビール造りをしたいと思うようになり、周りにも自分の想いを強く語っているうちに、京都醸造所設立のメンバーから声をかけていただき、独立前提に採用をしていただけるとのこと。
その頃は独身で、かつ親の介護等もなかった浪岡さんは、退職して新たなステージに踏み出すのはこのタイミングではないかと考え、思い切って転職されました。
醸造所設立のタイミングから関わることができるというのも、人生この先滅多にない機会と捉えられ、思い切った決断をされました。

日本全国の中でも奈良はもともと醸造所が少ない県で、浪岡さんが奈良醸造所を始める前は曽爾高原の醸造所しかなかったのだそう。
これもチャンスを後押しするきっかけになったそうです。
2年間、京都醸造所で働いた浪岡さんは、昨年6月に今の場所に奈良醸造所を設立します(今日がほぼ1周年記念!)。
夢があり、やりたいことを実現する人というのは、自分の想いを周りにきちんと伝え、ご縁を大切にしているうちに、周りからの協力が得られて現実化する、というのを聞いたことがありましたが、浪岡さんはまさにそれを体現されておられます。
そして、お話はビールの醸造方法について。
その後まずは1杯目のビールをいただき、醸造所見学に進みます。

浪岡さんはおいしいものを比較的リーズナブルに提供できるよう、敢えて県産品には拘らず、例えば麦芽はドイツ産、ホップはアメリカ産のものを重宝されているんだとか。
クラフトビールは高いイメージがありますが、より多くの人たちの手に届くように!との想いが伝わってきます。
そもそもクラフトビールは日本では比較的最近ブームになった印象ですが、アメリカでは10年以上前からブームだったそうです。
醸造所とは日本でいう地酒を造る地元の小さな工場(こうば)で、今ではインド等でもあるそうです。

生の薫り高いホップや麦芽等の匂いを実際に嗅がせていただいたり、醸造所の機械の説明を、製造方法と一緒に伺っていると、温度管理やアルコール度数のチェック、炭酸ガスの量の調整等、いくら機械に任せられる部分があったとしても、骨が折れる作業が多そうです・・・。
特に暑すぎる夏は機械が故障することもあるらしく、自宅の家が停電になったら醸造所が気になって来てしまうほど、とのことです。
まるで子育てのような愛情を感じます。

ビールそのものは12時間程度でできてしまうそうですが、発酵に10日から2週間、熟成には4か月以上かかるものも。
季節によって温度管理も異なり、味も微妙に変わってくるのだそうで、そういった違いを楽しむファンもいるのだとか。
醸造の機械はほぼ全てステンレス製で、中国製がほとんど。
マンホールほどの大きさの穴から麦芽やホップ等の材料を投入。
数十kgを超える材料は全てご自身の手で運ばれるから、本当に力仕事ですね。

醸造所見学の後は、屋外スペースのテーブルにて、おかわりのもう1杯を!
梅雨の期間にも拘わらず、奇跡的に晴れて暑い日差しの中、冷たいビールは最高!
奈良テレビさんの取材を受けながら、参加者同士でビール談義に花が咲きました。

今回の参加者にはビール好きが非常に多く、また奈良醸造所を、そして浪岡さんを目当てに参加していらっしゃる方も多く見受けられました。
今夏は毎週異なる味のビールに挑戦される浪岡さん、これからもMade in Naraのビールをあちこちで広めてファンを増やしてくださいね!
●レポーター:斑鳩町在住 斑鳩町のミスターピンク&マダムイエロー さん
なんだかマジメそうな名前なのに気になっていた。
理由は、数年前の奈良ひとまち大学文化祭で、
他のブースとは全く違う雰囲気がただよう
アヤシゲな展示を見かけてから。

前回大好評という触れ込みの募集メールに、すぐ応募。
めでたく夫婦で当選の連絡がきた。
わくわく。
当日は快晴。
かつては遊園地でにぎわったというが、
今は落ち着いた住宅街、あやめ池駅から徒歩7分、
池の周りから少し入る登り道の奥、
ひときわ変わった建物が見えた。

これか。
羽かマントを広げたような、
両サイドに張り出した棟と、
中央の三角に張り出した玄関口。
建物に入る前から、
すでに漂う、
レトロモダンの香り。

その奥にある現館長のご自宅で、
本日の授業のイントロダクションが始まった。
現館長は、創始者・九十九豊勝さんのお孫さん。
色白、丸くて明るい、福福しいお顔である。
今日は1万点もある展示品から、
よりすぐりを紹介してくださるらしい。

参加者自己紹介では
「あやしそうなところ」
「近所に住んでいるのにはじめて」
「前から気になっていた」
「OSK?」
「愛媛から来ました」
1人ずつの熱気がすごい。
続いて、「おふだ博士」のあだ名で知られた、
アメリカの人類学者フレデリック・スタール博士と、
その通訳として日本行脚に同行した、
当時37歳の九十九豊勝さんが写っているフィルムを見せていただく。
この博物館の完成式典の様子だ。

その後、明るくなった室内で、
現館長が「では、歌います」。
え、歌うの!?
モノクロフィルムの世界、
昭和初期に思いをはせていた
われわれ、唖然。
ギャップに驚く我々にかまわず、
朗々としたお声で、
青い目の人形の歌を披露。

もとは日米友好の証としてアメリカから贈られ、
戦時中には、敵国の人形として焼き捨てられ、
その後、隠して守られていたものが
やっと日の目を見た、歴史ある人形。
人間の業が、
ほんのり悲しいメロディの歌に乗る。

ここで、
博物館へ移動。
縁切りを願う、変わった絵馬コレクション、
パラオ島でブタ20頭の価値がある、石のお金。
100歳まで生きられる椅子。
いちいち、好奇心をくすぐられる。

お守り札の「蘇民将来」は、
黄人説では、男根をモデルにしており、
こけしのルーツともいう。
ほんまですか?
一時期、おしゃれ女子に
こけし大ブームでしたよね・・・。
そして、いよいよ数人しか入れないので、
3グループに別れて、
性崇拝の研究室「森羅万象窟」に潜入。

もう、ここでの現館長の熱弁と情熱は、
黄人=(イ)エローマンこと、初代館長が乗り移ったよう。
「この人形、ひっくり返してごらん」
かわいい人形を、裏向けると・・・
「!!」
館長、めっちゃ嬉しそう(笑)。
100ページくらいは優にありそうな阿部サダの尋問調書。
コピーができないから、すべて手書きで模写したという。
どんだけーーー!??
研究室の壁一面に所狭しの蔵書は、
あらゆる言語の性の記録。
読んでみたいが、まずは読むために教養が必要・・・。
ピンクの道も一歩から。
私が気に入ってしまったのが、
我楽他宗の道楽絵葉書コレクション。
「真に教養のある」知識人が、
あえて「どうでもよさそうなこと」に
「本気と書いてマジで」で遊びをしかける楽しさを感じた。
いまは、こういう遊びに時間と手間をかけない時代。
なんて豊かな交流か、とうらやましくなる。
スーパーディープピンクな世界に潜ったあとは、
さわやかで華やかなお庭でひと休み。

館長の奥様が丹精されている、果樹たちがたくさん。
ゆず、ぶどう、柿、みかん、オリーブ。
・・・と思っていたら、
ところどころにある、道祖神や五輪の塔が、
どうも、
どうしても、
あやしいモノに見えてくる。
我々、しっかり、この博物館に影響されてしまいました。

そうですよね。
旅して、驚いて、学んで、笑って、愛し合って。
初代館長のフォフォフォ、と笑う声が聞こえてきそう。

絶筆は「Good-By」。
100歳までそうやって、
生きたらいい。
「人間、あそびとエロがあってなんぼよ~」
おしまい。
●レポーター:奈良市在住 笑い上戸 さん
ずっと気になっていた東洋民俗博物館。
やっと行けました。
建物は、正面玄関を中央に、左右に展示室がある素敵な洋館です。
庭にはキレイなバラが手がけられています。

その創始者は、今は亡き九十九豊勝さん。
アメリカの人類学者、フレデリック・スタール博士より民俗学を学んでおられました。
現在は、四男の九十九弓彦さんが館長をされています。

博物館には、世界中の多種多様なものが展示されていました。
願いを込めた絵馬、お守り札や魔除け、いろいろな人形、日常で使われていたものなど、遊び心満載で、おもしろく楽しく見学させていただきました。

博物館の裏の部屋には、九十九豊勝さんの「性」についての研究室となっていました。
世界で集めたグッズ、書籍・雑誌など、じつに多くの資料を見ましたが、今までに味わったことのない雰囲気を感じることができました。

次回は、家族や友人たちと見学したいです。
館長さん、ありがとうございました。