7月29日の授業「爆盛り激安なカレーのおはなし ~喫茶田川のこれまでとこれから~」に参加した。
現在は駐車場の一角にある小さな建物で営業しているが、以前は歴史を感じる古いアパートに、喫茶田川だけがテナントとして残り店を開けていた。
お昼時になると店の外で待つ人がいるほどの盛況ぶり。
実際に私も食べたことがあるが、口に入れるとまず家庭では出せないコクが広がり、少し遅れてピリッと辛さを感じる。
その絶妙さがくせになった。
カレーの味の深さと同じくらい、きっと深い歴史があるに違いない。
そう思って応募した。
喫茶田川の創業は、1966年(昭和41年)である。
当時から県庁や奈良女子大学からほど近い現在の場所で営業している。
現在の店主である岡部綾子さんは2代目であり、先代は岡部さんの父親で残念ながら既に他界している。
先代は福岡県田川市出身で、自転車屋を営んでいた。
飲食の仕事をするため上阪しバーテンダーやコーヒーの卸売りの仕事をしていたところ、奈良県天理市出身で当時レストランに勤務していた女性と知り合い結婚。
自分たちの店を持つことが夢だった2人が始めたのが、「喫茶田川」だった。
(店名の「田川」は、先代の出身地である福岡県田川市から付けられた。)
当時はカレーの他に、いなり寿司・おにぎり・鍋焼きうどん・焼飯・コーヒーなどメニューが多岐に渡った。
昼のみでなく夜も営業していたけど、体力的なこともあり現在は昼のみの営業、メニューはカレーとコーヒーのみとなっている。
喫茶田川のカレーは、言うまでもなく美味しい。
さぞかし何か特別なスパイスや調味料などの隠し味があるに違いないと思う人は多いと思うが、2代目店主の岡部さん曰く「隠し味は一切ない」。
材料は実にシンプルで、玉ねぎと牛肉(もも角切り)のみ。
それをコトコトと5~6時間煮込むのみ。
一度、「店の味を自宅でも再現できるのでは」と思った岡部さんが、同じ材料でトライするも、店と同じ味に仕上げることはできなかったのだとか。
「同じ材料を使っているのになぜ?」と思うが、理由は煮込み時間。
家庭ではさすがに5~6時間煮込まないので、同じ味にはならなかったのだそうだ。
店で使用している米は大柳生のヒノヒカリ。
1回につき2升の米を炊き、多い日はそれを5回ほど繰り返す。
昼のみの営業にもかかわらず、毎日それだけの米を消費することから、店の人気ぶりと1人前のご飯の量がいかに多いかが伺える。
カレーに隠し味を一切入れていないことは前述のとおりだが、店内には「にんにくソース」と「にんにく醤油」が置いてあり、味変(あじへん)を楽しめる。
「カレーに醤油をかけるの?」と思われる方も多いと思うが、これが意外とイケるのでぜひ試してほしい。
喫茶田川は2021年7月末をもって一度閉店している。
当時入居していた建物が老朽化により取り壊されることになったからだ。
その後は駐車場として生まれ変わる予定だったため、喫茶田川は別の場所で営業再開すべく場所を探していた。
しかし、場所探しが難航していたある日、大家さんに事情を話したところ、大家さんの厚意で駐車場の一角に小さな建物を建ててそこで営業できることになった。
そして2022年春、喫茶田川は以前と同じ場所で営業を再開した。
かれこれ60年も2代にわたり店を継続できる理由はなんだろうか。
岡部さんによると、1つは「常連さんがいるから」。
そして2つ目は「お母さんの生きがいだから」だそうだ。
60年という長い歴史の中で、常連さんが新しい人を連れて来てその人が常連になる。
そうやって、カレーの味だけでなく客も脈々と受け継がれてきた。
田川のカレーを愛してくれるお客さんを一番に大切にしたいという店主の温かくも強い思いが感じられた。
そしてもう1つはお母さんのこと。
お母さんは先代の妻で、長きにわたり先代とともにこの店を切り盛りしてきた。
そのお母さんの生きがいでもあるこの店をなくしてはならないという思い。
岡部さんは、「客思い」「母親思い」という括りではなく、「喫茶田川にかかわる全ての人を大切にしたい」と強く思っていらっしゃるように思う。
将来の展望については、「今のまま、この場所で喫茶田川を続けたい」そうだ。
創業の地でもあり常連客が来てくれるこの場所で、創業から変わらない味をこれからも提供したい。
以前、「喫茶田川のレトルトカレーを販売しませんか?」と声がかかったが断った。
レトルトでは店で提供しているカレーと同じ味が出せないから。
岡部さんの言葉から、利益や知名度の向上には目を向けず、本質を大切にしたいという太くしっかりとした芯を感じた。
岡部さんは、県外に住んでいた時期もあったそうだが、奈良についてこのように語っていた。
「人が温かくて心地よく、近所付き合いがある町。」
自分の話で恐縮だが、私もこの言葉に完全同意だ。
私は県外から奈良に移住して今年で11年になるが、雨が降るとご近所さんが洗濯物を取り込むように教えてくれるし、お菓子などをお裾分けする文化も残っている。
近所付き合いが希薄になっていると言われる中で、移住先でこのような近所付き合いができると思っていなかったので驚いたし、他県に住む友人・知人に話すといつも驚かれる。
美味しいカレーに舌鼓を打ちながら岡部さんの話を聞かせていただき、時代が変わっても喫茶田川が愛され継続できる理由がわかった気がした。
カレーが美味しいことはもちろんだが、新しいものが次々と生まれ目まぐるしく時代が変化する中で、変わらずにそこにあるから皆魅了されるのではないかと思った。
喫茶田川60年の歴史の中で、営業時間やメニュー数の変更、そして価格改定など小さな変化を繰り返しつつも、核となるカレーの味、店の場所、そして「常連さんの喜ぶ顔とお母さんの生きがいを守りたい」という店主の思いは変わらない。
本当に大切にしたいものが明確だから、それ以外のものに執着することなく本質に集中できる。
喫茶田川が多くの人に愛され長く続けられるのは、カレーの美味しさもさることながら、いい意味で「変わらない」ことなのではないか。
目まぐるしい変化を伴う現代だが、喫茶田川の揺るがない本質に周囲の人たちが共感して、「喫茶田川が大切にしたいものを大切にしたい」と思うとともに、いつもの場所でいつものスタッフがいつもの美味しいカレーで迎えてくれる安心感、これが喫茶田川が愛される理由ではないかと思った。